水石愛好家の父の影響で翡翠を集め始めました。しかし当時は今とは違いヒスイハンターは理解されにくい時代でもありました。また、私自身の生活の変化から、三十路を迎えた頃、翡翠採取を止めようとも考えました。そんな時期のとある晴れた日。「今日が最後」と波頭輝く親不知海岸を歩いていると、以前とは違う海岸の浸食が翡翠以上に気にかかりました。大きく変わってしまった海岸線に改めて驚きました。足を止め、その侵食の様子に思いを馳せていると「十年後にはこの砂浜とともに翡翠漂石も消えてしまうのではないか」との危機感を抱いてしまいました。同時に翡翠漂石が美しい親不知海岸のように思えて愛しくなり、今のうちに微力ながらも可能な限り保存しようと採取を続けることを決意しました。以前は翡翠だけを求めて海岸線を歩き回りましたが、今では景観の美しさも求めて採取を行っています。それに伴いフィールドは海から川へと広がって行きました。そして、自然の美しさを凝縮したかのような神々しい輝きを放つ翡翠に出会えた時の感動は何事にも変えがたい喜び、日々の活力ともなっています。
親不知海岸 現在も浸食され続ける海岸線。 かつてはもっと広い砂浜がありました。 |
採取した翡翠の一部からネクタイピンを加工して身に着けています。翡翠には様々な色のものがありますが、自然と、自分に波長の合う色があることに気が付きました。私の場合は青色翡翠です。翡翠はどこか不思議な石で大切に扱って身につけていると、その優しい肌質や弾力性とも相まって、何か生きているかのように、自分自身の写し身であるかのように感じられることがあります。また時には護符であるかのようにも実感することが多々ありました。そして、こうした翡翠の、すごく身近で親しみのわく愛しさや可愛さを私自身の”アイビッツ”としてだけではなく、より多くの人の、貴方の”ユアビッツ”として愉しんで欲しいと思い至りました。採取した(授けていただいた)貴重な翡翠を貴方の大切な宝珠として末永く愛して頂けますようにと望んでおります。以下にご提供させていただいた原石より、2つの思い出の原石と石質をご紹介いたします。
愛用のネクタイピン 仕事中は常に身につけていました。 かけがえのない私自身のカケラです。 |
●出会い
青色翡翠は海岸漂石を主に採取してきました。しかし平成に入り砂浜の激減などで採取が難しくなったため、姫川などの河川域にフィールドを広げて活動しています。この原石は平成吉年、青空に紅葉が香る美しい姫川峡谷にて発見しました。心晴れやかな景観の中に探索していると、巨石の下の砂が削られた川底に表面が凹凸状で(産地からあまり流されていない)一部青色の赤茶色の翡翠転石が出土していました。正に「沼名川(ヌナカワ)の底なる玉、求めて得し玉」であり、峡谷に一人佇み、発見の高揚感の中に大自然と一体になれたかのような感動を覚え、ただただ姫川と峡谷に感謝を捧げたあの瞬間が今も心の中に残っています。
姫川峡谷 整備されて荒れる事が少なくなりましたが、 春先や雨期になると土砂を伴って氾濫します。 |
●品質
全体が薄い水色で、青色のドットが帯状に流れている翡翠石です。不純物の少ない、キメの細かい半透明の青翡翠で、横川との合流地点付近の姫川本流にて産する翡翠石では非常に珍しい原石です。
青翡翠 チタンと鉄によって発色するそうです。 レアカラーとして人気が高まっています。 |
●出会い
光に透かすと緑に見える種類の黒翡翠ではなく、漆喰色の石墨の黒翡翠はとても希少な石です。長年に渡る海岸での採取からも数点しか入手できないほどで、姫川や青海川などを数十年もの間、探し求めてきました。この原石は青海川産転石です。大雨に削られた川岸にて黒石の一部が露出していました。もしやと思い近づいてみると、あまりにもスベスベした表面で翡翠とは思えませんでした。しかし、なぜかその場を離れることができず、疲れも手伝って休憩していたところ、土砂が弱かったのか黒石は川原へドスンと落下し、石質の悪い部分が欠けてキラキラと輝く結晶を見せてくれました。あまりにも見事な黒翡翠との突然の出会いに時間が止まったかのようで、しばしその場に硬直して動けなかったことを覚えています。早朝の糸魚川では、川に架かる橋の上から青海川と黒姫山に向かって祈りを捧げる人たちの姿をよく見かけます。その姿がふと脳裏を過ぎり、思わず手を合わせて自然への感謝の念を捧げたことを今でも明瞭に覚えています。
橋からみる黒姫山 突然の贈り物に戸惑いつつも、 思わず山の神様に感謝の念を送りました。 |
●品質
糸魚川地方産(青海川産)黒色翡翠輝石岩で石墨(炭素)が翡翠輝石結晶の粒間に散在しています。また、岩石の一部にバナルシス石と重土長石も含まれる非常に珍しい構成の翡翠輝石岩です。きめ細かな高品質の輝石結晶に高密度に石墨が入り込み漆喰の黒色となっています。加工の際には、砥粉がまるで墨のような黒色となって流れ出します。ここ糸魚川の翡翠加工のベテランでも、このような翡翠の加工経験は少なく驚くほどに希少なものです。
黒翡翠 石墨(炭素)によって色が付くそうです。 こちらもレアカラーとして人気があります。 |